ワッフルと宝塚のブログ

宝塚がある世界に乾杯

上田久美子先生が月組106期生に与えたものとそれに続く演出家の話


 まずはじめに、スカステのニュース内には、「きらきらタカラジェンヌ」という下級生たちの紹介コーナーがあります。

 簡単な設問が用意されているのですが、その中に、「洋物と日本物どちらが好きか」という質問があります。


 この質問に関しては、今まで各組各学年拝見していても圧倒的に「洋物」を選ぶジェンヌさんが多かった印象がありまして。


 格好いいスーツ・美しいドレスを身に纏うのは、男役また娘役としての憧れだと思いますし、宝塚と言えばの 『ベルサイユのばら』も、『エリザベート』や 『ファントム』といった人気海外ミュージカルもすべて 「洋物」に分類されるので、洋物を選ぶジェンヌさんの割合が高くなるのは、至って普通のことだと思います。


 しかしながら、そんな中、 ちょっと驚いて記憶に残ってしまうほど、 「月組の106期生はほとんど 『日本物』」 を選んでいました。

 (月組の 107期生も 『日本物』 が多かったように思います)


 そして、彼女たちが日本物の魅力に気づいた作品として、次々に挙げたのが2021年に月組で上演された『桜嵐記』でした。


 わたしも何回、何十回泣いたか分からないこの素晴らしき作品は、下級生たちの胸にもしっかり刻みこまれたようで、「桜嵐記に出演して日本物の魅力を知った」という答え聞きながら、勝手に感動してしまいました。


 『桜嵐記』という作品は、月組生の最高のお芝居はもちろんのこと、同じくらい、土台となる脚本・演出が素晴らしい作品でした。


 トップスター登場の格好良さ。 日本の四季とリンクするかのような心の移りよう。内に秘めたる思いを持つ登場人物たちの、違和感のない行動・言動。
 儚い恋のはじまりと一夜限りの夢、 兄弟の絆、政治のしがらみ、そんな中、最後まで人生を、激動の嵐の中を生き抜いたひとりの男と、それを生涯忘れなかった人たち。


 もう、本ッッッ当に、いいんですよ。 何を成せたわけでもない。 愚かに儚く散っただけにも思える男の人生に、だけど周囲やわたしたち観客が確かに受け取ったもの。


 物語というのは、こういうものだ。 美しき恋の描き方とは、燃えるような戦いの描き方とは、その後の静けさとは、こういうものだ、と。

 そんなすべての手本になるかのような要素がすべてつめこまれている本作。台詞ひとつ、歌詞ひとつとってみても声に出してみたくなるほど美しい。そして本当に、展開に無駄がない。だけど、思いを馳せることのできる余白はある。


 この作品にて、「洋物より日本物が好きだ」と言ってしまえるほどの熱い感動が、演者として出演している下級生の中にうまれたことに納得しかない、そういう本当に素晴らしき作品は、わたしたち観客にも、「日本物はこんなにも素晴らしいのだ」と改めて感じさせてくださいました。


 しかしながら、わたしたち観客も、たくさんのジェンヌさんのハートも射止めた、そんな素晴らしき物語を織り成す演出家、上田久美子先生は、皆さまもご存じの通り、 すでに宝塚を退団されています。


 去年の話にはなりますが、 宝塚を退団した上田先生のインタビューが掲載された、 『「推し」でなく中身で問う演劇 宝塚を離れた演出家が向かう先』 という記事が、宝塚ファンの中でかなり波紋を呼んだことを皆さま覚えていらっしゃるでしょうか。


 「公演の内容より、 スターに会いに舞台を観に行っているということを決めつけられているかのように読み取れる」 記事内容に対して、「スターさんが好きというのを差し引いても上田先生の演出する舞台で感動した人たち」 が、「まるで中身を見ていない」と思われていたことが悲しかった。というのが波紋を呼んだ理由のひとつになった、あの記事です。


 記事ひとつで波紋を呼んでしまうほど、上田先生の作品は「スター」や 「推し」が出ていなくても 「物語そのもの」に胸打たれている人が多いという証拠にもなったあの記事。

 中には、 上田先生に喧嘩を売られたと感じ取った宝塚ファンもいらっしゃって、さまざまな波紋を呼んだ懐かしい記事なのですが、 わたしはやっぱり、あの記事からは上田先生による無垢な芸術への愛情を感じてしまいます。


 その記事で確かにスター主義についての話はされていましたが、そもそも「日本は国として芸術の後押しが弱いこと」 や、 「芸術に関わる者として推しという需要にだけ甘んじた作品をつくってはいけない」 という上田先生の芸術への愛があふれていました。


 そういう愛があるからこそ、 上田先生の作品には命があるのだと思います。


 上田先生の作品はいつも、「考えることをやめるな」 「現実から目を逸らすな」 「楽な方へ逃げるな!」 という熱いメッセージが込められていて、 上田先生自身、そういう感覚を常に持ち続けながら自身の作品に向き合っているのだと思います。


 スター制度の中で上田先生は思うこともあったかもしれませんが、その中で作り上げた『金色の砂漠』 や 『星逢一夜』、 『BADDY』 や 『桜嵐記』 といった作品がたくさんの観客の、そしてさまざまなジェンヌさんの心を震わせました。
  「日本物が好きになった」と。下級生たちの価値観を変えさせるまでの物語をつくりあげてくださいました。


 うつくしき日本語。 大胆な舞台装置。 説明が少ないのに私たちをその世界に連れ込む手腕。散りゆく姿をこれでもかと美しく表現できる演出技術。

 やっぱり、 上田久美子先生の舞台は、何度見ても映像で見ても、飽きることがないです。そして、上田先生のつくる作品には、「人の心を惹きつけるなにか」 であふれているように思います。



 そういう作品との出会いが、 上田先生退団後のこれからも、タカラジェンヌの皆様にあってほしくてですね。

 その作品と出会ったことで、例えば、「日本物を好きだ」と目を輝かせて言えてしまうような、そういう感銘を受ける作品に出会ってほしい、と。そんなことを改めて感じさせていただきました。



 月組106期生が『桜嵐記』の虜だったので、上田先生にフューチャーしましたが、大劇場デビューが決まっている栗田先生をはじめ、別箱公演では、期待の若手演出家の先生たちが次々に芽を出しています。

 登板する演出家の先生のラインナップを見て、「演出家の先生が足りていないのではないか」と心配する声も聞こえてくる昨今ではありますが、若手演出家の皆様がこれから次々に、大劇場デビューを果たしていくと思います。


 そして、そんな先生たちが紡いでくれる作品の中で、今回の月組106期生たちのように、観客だけではなくジェンヌさんたちの心も打つような作品がうまれますことを、いち宝塚ファンとして大いに期待しております。



 最後に。未だに、衝撃とも言えるような上田久美子先生の作品が宝塚で織り成していた舞台が恋しくなる日もありますが、そんなふうに思われる演出家の先生が、これから先も宝塚に誕生し続けてくださいますことを心の底より願っています。


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